自傷行為がやめられない。
中学生の頃から、社会人になった今も。初めはリストカットなんかだったが、最近は過食嘔吐とかSNSとか、自分を傷つけるものをわざわざ選んで行動してしまっている。
周囲に気づかれたらきっと「やめなよ」と言われるんだろう。無難な回答だと思う。
けれどやめるなんて無理な話だし、やめたほうがいいのは自分が一番わかっている。
それでもやめられなくて苦しいので、自分なりに理由を紐解いてみた。
理由がわかったところで解決にはならないのだが、それでも、苦しい原因を1つずつなくせたらいいかもしれないと、わずかな希望が見えた。
自傷行為に及ぶ心理・背景
不安を紛らわせたい
自傷行為は、その瞬間の不安を紛らわせる手段だ。
中学生の時にリスカをしていたのは、主に両親が喧嘩している時。その場からいなくなりたくて、生まれてこなきゃよかったんだと自分を責めて、けれど死ぬ勇気がない。そういう苦しみを、痛みでなんとかごまかした。
これがクセになって、仕事中にも思い切り腕に爪を立てたり、トイレで首を絞めたりしている。とにかく一瞬でも、苦しみを紛らわせたいのだ。
気づいて欲しい
大人にもなってそんな子どもみたいな、と思われるかもしれないが、誰かに気づいてほしい、助けてほしいのかもしれない。
振り返れば幼少期に実の両親は離婚している。顔すら知らない。ということで、子どもの頃に満たされなかった器を未だに抱えている。誰かの優しさや、愛情みたいなもので満たされてみたいんだろうな。
という厄介な気持ちを抱えていることに気づいてほしい、自分の存在を認めてもらいたいという気持ちから自傷行為をして、SOSのサインにしてしまうことがある。
誰にも相談できない
自傷行為をする人の周りは、大抵その人のことが見えていない。私の親は自分のことでいっぱいだったし、逆に過干渉な親も「子どもを大切にしている自分」に夢中なんだろうなと思う。
誰にも相談できないから、上で書いたように不安を紛らわせるために傷つけてしまう。
「相談してくれればよかったのに」と言われたって遅い。本当に助けたい人がいるのなら、相談できない当人に手を差し伸べるといいのかもしれない。私は未だに出会えていない。
自傷行為はリスカだけじゃない
自傷というとリストカットが有名なんだろうか。
けれども自分を傷つける方法なんていくらでもある。この記事を読んで、思い当たる傷があるとか行動をしている人がいれば気に掛けるといいかもしれない。(気に掛けるといってもかなり難しいのだが)
私はよく皮膚を掻きむしったり頬をひっぱたいたり、首を絞めたりする。仕事中も苦しくなると、無意識に首に爪を立てている。
自傷行為は無理にやめなくていい
自傷行為をしてしまうことを恥じたり、悔やんだりする必要はまったくないと思っている。それが私にとって救いであり、自分を守るための手段だったからだ。
本当は、助けてほしかった。親に愛されたい、気にかけて欲しいと思っていた。けれどそれが手に入らないから、必死に耐えていた。
だから、第三者に言われてもそう簡単にやめられない。自分が求めることに気づいて、自分が自分でいられるようになるまではやめられない。けど、やめなくていいのだ。
やめなくてもいいけれど、自分の人生を歩むために前に進みたい。私は過去のトラウマと戦っている。愛されなかった自分を愛する訓練をしている。
自分でつけた傷だって、生きることをあきらめなかった跡だ。毎日死にたくなっても、苦しんでも1日ずつ進んできた。これからもそうしてもがいていく。